オヤノミカタブログ

株式会社オヤノミカタ 代表取締役 1978年生まれ。在学中にWeb制作を始め、その後、IT業界で活動。ワーカホリックな会社員生活から、一転、子育て中心の主夫生活へと移行し、子育てにおける両端の立場を経験。36歳で株式会社オヤノミカタ設立。滋賀県大津市在住。3児のパパ。

終わらないベビーカー論争。「決着」ではなく、「回避」の道を探す。

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ベビーカー論争の終結は、まだまだ先のようです。

2014年10〜11月に実施された日本民営鉄道協会の「駅と電車内の迷惑行為ランキング」によると、「混雑した車内へのベビーカー乗車」が前年度比1.6ポイント増の19.5%だったとのこと。

昨年3月、「ベビーカーは電車やバスで折りたたまなくていい」という基本ルールを国交省などが定め、やっと落ち着いたかに見えたベビーカー論争。しかし、上記アンケートによると、混雑時のベビーカーが迷惑だと感じる人の割合、逆に増えているようです。

公にルールが決まっても、世間の認識がそれに追随していかないということは、やはり、相当根深い問題だということですね。今回は、終わらないベビーカー論争を「決着」させるのではなく、「回避」するという手段を考えてみたいと思います。

ベビーカー論争の火種は消えていなかった。

昨日、こんな記事がYahoo!ニュースに載りました↓↓↓

「電車内ベビーカー」問題は、子育てへの理解不足が原因ではないと思う件(ふじいりょう) - 個人 - Yahoo!ニュース

前述の「駅と電車内の迷惑行為ランキング」の結果に対する見解が述べられているんですが、現時点で6,000件以上のシェア数と150件以上のコメントがついています。ベビーカー論争の火種は消えていなかったことを伺わせます。

なぜ、これだけのコメントが付いているかというと、記事内のこの文面に要因があります↓↓↓

個人的には、そりゃ「理解」は難しいよ、と思わざるをえない。だって、ベビーカー1台ぶんのスペースであと4、5人は確実に乗ることができるはずだから。その電車を乗り逃したとすれば遅刻確定、という人がいたとして、叱責ないしは評価・査定が下がる可能性が出てくるということは、その当人にとってはベビーカーが「迷惑」以上の存在になり得る。それだけでなく、大事なプレゼンや試験にギリギリで向かうケースや、複数の乗り換えがあって時間通りに到着することが求められるなど、何事につけ「オンタイム」が求められる通勤・通学者は交通機関に乗るということそのものでストレスに晒されている。となると、ラッシュ時のベビーカー乗車は、「自分が電車に乗り過ごすかもしれない」というリスク以外の何物でもないだろう。

この部分にベビーカー擁護派が噛み付き、「好きでラッシュ通勤時に乗っている訳ではない」、「そんなことも想像できない人はダメ」、「ベビーカーを押す人にも乗る権利がある」、「遅刻が嫌なら早目に出ればいいだけ」などとコメントしました。「ベビーカーを押す人を優先すべき」という今の風潮からすると、上記の表現は、やや配慮に欠けるものだったと思います。

「寛容な心」に任せるのにも限界がある。「混雑」をなくしてしまえばいい。

しかし、上記の文面は、あくまでベビーカー反対派の気持ちを筆者が代弁しているだけであって、コメントされているかたの多くはその点を誤解されているようです。これが筆者の主張したかったことでも、「だからラッシュ通勤時にベビーカーを乗せるな」という結論に持っていきたかった訳でもありません。皮肉な話ですが、ベビーカー擁護派が求める「想像力を働かせろ」ということを、逆の立場からやっているだけなんですよね。

筆者は、こんなことも書いています↓↓↓

これは、そもそもの話として、「なぜ皆がぎゅうぎゅう詰めになった電車に乗らなければいけないのか」といった都市部の交通網の問題でもあるし、「なぜ同じ時間に会社へと通わなければいけないのか」といった労働問題でもある。

そして、それらの問題を解消するために、フレックス制や在宅ワークを推進していけばいいのではないかと提案されています。つまり、個人個人の「寛容な心」に任せるのにも限界があるので、問題を引き起こしている「混雑」という状況をなくしてしまえばいいじゃないかという主張です。これが、筆者の言いたかったことなのです。

「寛容の心」を強要しても、うまくいかない。

実際問題、混雑時のベビーカーが迷惑だと感じる人が少なからずいるのは事実です。そして、それ自体、ゆがんだ考え方だとも思えません。大変な思いでラッシュ通勤している時、それを阻害するものがあれば、それがベビーカーであるかどうかに関わらず、疎ましく思ってしまうのは、人の心理。

その人たちすべてに「迷惑だと感じるな!」と「寛容の心」を強要しても、うまくいかなかったということです。自然と湧き上がってくる感情は、なくすことができません。「ベビーカーを押している人を優先しよう」と自分から思えた人はいいんですが、そうでない人にとって、「寛容の心」を強要されることは、我慢を強要されるのと同じ。そうなると、さらなる敵意を持って子育て世代を見ることに・・・。

そもそも、「こうあるべき」という社会通念というものは、絶対的な正しい答えがある訳ではありません。その国の文化によっても、また、時代によっても、大きく変化します。その国、その時代の多数派がスタンダードと呼ばれるに過ぎないので、「多数派=善、少数派=悪」という論調にならないよう、気を付ける必要があります。このことは、こちらの記事に詳しく書きました↓↓↓

今できることは、できるだけ摩擦が起こらない手段を考えること。

時代の流れから考えると、いずれはベビーカー擁護派の意見が圧倒的多数となり、問題は終息するでしょう。ただ、それまでにはまだまだ時間がかかりそうです。であれば、今できることは、これ以上、ベビーカー論争を「決着」させることにこだわるのではなく、この状況下で、できるだけ摩擦が起こらない手段を考えることではないでしょうか?

その手段の1つが、「フレックス制や在宅ワークの推進」であり、よく議題にも挙げられる「ベビーカー優先車両の設置」です。今の状況で、無理に「決着」させようとすると、どうしても勝敗を付けなくてはならなくなり、さらなる摩擦を生みます。かと言って、終息するのを待っているだけでは、今の子育て世代は肩身の狭い思いをしたままです。

「決着」ではなく「回避」。これは、わたしが子育て支援のために立ち上げた株式会社オヤノミカタの行動指針の1つです。社会はすぐには変えられないですし、社会の変化を待っていては、今、助けが必要な人たちは救えません。今、目の前にいる親たちを救うことを何よりも優先する。今まさに、困難に立ち向かっている親たちを、一人でも多く救う。そのためには、問題を「回避」できる手段が必要です。

問題の「決着」ではなく、「回避」を目指すという考え方は、子育て全般において親が求められる基本的な心構えと非常によく似ているんですが、そのことはまた別の機会に。


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